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行き当たりばったりのウェールズ旅行

三十路になってしまった記念に初の海外旅行を企画しました。英国好きで気の合う友人が一人旅をしたと聞き、対抗意識かもしれませんが、ろくに英語もできないくせに英国一人旅に挑戦してしまったのです。

 

英国一人旅にチャレンジ

私は出版社でテレビ情報誌を作っており、一か月テレビ局と編集部に缶詰めにされ、寝る暇もほとんどない地獄のような年末進行を経て、年明けとともに全日空の直行便に乗って、英国はヒースロー空港に降り立ちました。旅行会社のツアーでしたが、渡航費(飛行機+ホテルまでのバス代)とホテル4泊の代金のみで添乗員もないまったくのフリープランで20万円余、という金額です。

交通の便から拠点はロンドンに置くにしても、ロンドン観光をするつもりなどはなから無く、JTBで3日間BR(JRの英国版)に乗り放題というブリット・レイル・パスを購入して行きました。私の興味をひいた場所は、世界最大の幽霊屋敷ボーリィ牧師館のあるサドベリー、人気推理小説『修道士カドフェル』の舞台となったシュルーズベリー、そして当時リスペクトされていた知人の故郷であるウェールズと、地方ばかりだったからです。

 

漠然とした理由で行きたかったウェールズ

で、そのウェールズなんですが、これだけ州の名前でも鉄道駅の名前でもなく、国の名前です。英国とは「連合王国」のことでイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4国で構成されています。「イギリス」という呼び方はイングランドから来ているので正確ではありません。英国、連合王国、UKとなどと呼ぶのが好ましいと私は思います。

それはともかく「ウェールズに行きたいな」では、なにしろ国ですから、広範囲過ぎてあまりにも漠然としています。気ままな一人旅ということで、深く考えず「ウェールズに入ったらスウォンジーあたりに行こう」なんて、もう当日、しかもロンドンのパディントン駅でエクスプレスに乗り込んでから考えているといった有様でした。無計画を絵に描いたような旅行ですね。

 

ウェールズに着いてからの衝動

そのぼんやりした予定は、自分自身があっさりと裏切りました。カーディフ中央駅に着いたとたん、この国の首都を見ておきたい、という衝動にかられ、電車から飛び出してしまったのです。「地球の歩き方」を片手にカーディフ城ビュート館を見学し、手近な食堂で目がテンになるほど美味しくないアイリッシュシチューの昼食を済ませ、駅に戻るとバスターミナルに停まっているバスを見てうずうずしてしまいました。

ガイド本によると、ケアフィリー城には26番系統のバスで行ける、とある。そう思ったらもう飛び乗っていました。ちなみに「このバスはケアフィリー城に行きますか?」と運転手に質問したはいいものの「このバスでいいよ。料金は前払いだよ」と言われているのに3回訊き返してもまだ理解できていないという、英語力のなさ、です。

バスは日本の都営バスなどと比べるとジェットコースターのように運転が荒く、飛ばします。それでも幾度も山を越え谷を越え、30分ほど走ってケアフィリー城に着きました。城は、良かったです。素晴らしかった。ウェールズ独特の丸い山が連なる田舎の景色に溶け込む、水に浮かぶ黒く朽ちた古城。うっとりしながら散策しました。

 

果てしなく遠いウェールズ中央駅までの帰り道

さて、帰り道。私はどこのバス停からどのバスに乗ってウェールズ中央駅に戻ればいいのでしょう。来た時に降りたバス停は当然ダメなはず。ではその反対車線に帰れるバス停があるだろう……それが日本なら、そうでしょう。私もその時までそう思っていました。でも、現実はちょっと違うようです。行先案内板には読める地名なんか一切書かれていません。時刻表だって、書いてある数字が時間なのかなんなのか、読み方ひとつ解りません。

道行く人に訊いてみました。「あっちだよ」「こっちだよ」色んな答えが返ってきて、ますます混乱するばかりです。とりあえず、バス停は城の周囲に3つくらいあるのは分かりました。でも、行先がないと、やって来たバスに乗っていいのかどうかの判断もできません。

しかも本数は少なく、おそるべきは「リクエスト・ストップ」という制度。目当てのバスが来たら「乗るから停まれ」という意味の挙手が要ります。停留所に人が居ると必ず停車してくれる日本と違い、それをしないとバスは停まってくれません。

 

勇気を持ってバスに乗り込む

たまーにやってくるバスの行先は、どこだかさっぱり判らない。だから手を挙げようかどうかオロオロしていると、運転手さんも私を見てオロオロしながら結局通り過ぎて行きます。

1時間くらい経ち、もう歩いて帰ろうか、と思いました。でも、あの猛スピードでそれでも30分かかる道を歩いて、電車があるうちに駅に着く気はしませんでした。野宿か、いっそ警察呼ぶか、なんて考えているそのとき、またバスが来ました。

行先には相変わらず何が書いてあるかさっぱりでしたが、その前にある表示に私は「!」となりました。26番系統、とあったのです。「ええい、ままよ」とばかりに勢いよく左手を挙げました。腕にこれ見よがしなタトゥーを入れた運転手に料金を払い、こうして私は運良く無事に帰ることができたのです。

いきあたりばったりの旅は面白いです。でも、無計画はほどほどにしましょう。特に、往路より復路です。どこに行くにしても、行きより帰りの方法をしっかり確認してから、軽はずみを起こすことをおすすめします。強く、そう思いますよ。